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長崎地方裁判所 昭和40年(行ウ)10号 判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が昭和四〇年六月一〇日付、固定資産税等決定通知書及び納税通知書をもって原告の昭和四〇年度固定資産税額を金二五万七、〇九〇円とした課税処分は取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

「一、被告は昭和四〇年六月一〇日附で原告に対し、原告が訴外有限会社鶴田商事を通じ訴外有限会社第三建設ブルドーザー(以下第三建設という。)に所有権を留保して販売したブルドーザーにつき、昭和三九年一月一日を賦課期日とし税額金二五万七、〇九〇円の固定資産税賦課決定をなし、右決定は原告に通知されたので、原告は右決定を不服として同年六月二〇日、被告に対し異議の申立をなしたところ、被告は同年七月一六日附で右異議を棄却し、同月一九日、これを原告に通知した。

二、しかしながら本件課税処分は次に述べるとおり違法である。

(一)  原告は地方税法第三四三条第一項に所謂「固定資産の所有者」ではない。

(1)  原告が訴外鶴田商事を通じ第三建設に対し売渡したブルドーザー五台(NTK四WHSトラクターショベル一台(車輛番号四二四九九)NTK六WHAアングルドーザー四台(車輛番号六〇八九、同六一六九、同六〇三〇五、同六〇三八七)以下単に本件物件と略称する)はいずれも右第三建設に引渡され、右第三建設が佐世保市の昭和四〇年度固定資産税の課税期日たる昭和三九年一月一日当時これを佐世保市においてその事業の用に使用していたもので、原告が形式上その所有権を留保しているのは債権担保のためにすぎないから原告から見た場合本件物件は、地方税法第三四一条第四号に償却資産として規定された、土地及び家屋以外の事業の用に供する資産に当らない。また同号によると、償却資産であれば、その減価償却額又は償却費が法人税法又は所得税法による所得の計算上損金又は必要な経費に算入できなければならないが本件物件は法人税法上原告において減価償却することが認められていない。従っていずれにしても本件物件は会計上棚卸資産(商品)であって償却資産ではないから原告を棚卸資産(商品)の所有者とはいえても固定資産税にいう「償却資産」(同法第三四一条第一号、第四号)の所有者ということはできない。

(2)  地方税法においても「実質課税の原則」が適用されて然るべくその賦課決定に当っては単に形式的解釈によってではなく租税負担の公平及びその経済的意義を考え、租税を何人に課するのが実質的に妥当であるかを特に考慮すべきであり(実質課税の原則、旧所得税法第三条の二、旧法人税法第七条の二)、その本質が収益税である固定資産税についても実質課税の原則が全面的に採用されねばならないところ、本件物件は販売によって実質上完全に買主たる第三建設の管理下に入り、これを稼働して収益を受けるのは第三建設であって、原告の所有権留保は収益確保の意味を全く持たず、買主の倒産に備えた債権確保の手段にすぎないものであるから原告は本件物件によっては固定資産税の賦課を正当とするような何らの収益をも得ていないばかりか、原告が本件物件の販売により得た利益は、法人税の対象とされているので原告に本件物件の固定資産税を課することは二重課税を強いることにもなる。

(3)  固定資産税(償却資産に対する)の納税義務者(同法第三四三条第一項)であるには、償却資産課税台帳に所有者として登録されねばならない(同条第三項)ところ、右登録は納税義務者の申告によってなされるものであり、納税義務者はその申告のために毎年一月一日現在における当該償却資産について、その所在、種類、数量、取得時期、取得価額、耐用年数、見積価額等、償却資産課税台帳の登録及び当該償却資産の価格の決定に必要な事項を一月三一日までに当該償却資産の所在地の市町村長に申告しなければならない(同法第三八三条第一項)のであるが、このような申告を全国を市場として数千台の同種機械を販売している原告が短期間になすことは到底不可能であると共に申告事項中「取得時期」「取得価額」については売主たる原告において何を基準にこれを申告するのか困惑せざるを得ない。このような不可能、困惑を法が強制する筈はないから、結局、法は割賦販売業者が所有権を留保して販売した物件については、売主に固定資産税を課することを予想していないものというべきである。

(二)  仮りに以上の主張が理由がないとしても原告が第三建設に対する本件物件の販売に当り、その所有権を留保しているのは割賦金の支払いを担保するためにすぎず、第三建設は割賦金を将来完済すれば当然その所有権を取得するのであり、その間本件物件は第三建設においてその事業の用に供しているのであるところ、地方税法第三四三条第八項によると、信託会社からその譲渡を条件に償却資産の賃貸を受け、これを自己の事業の用に供している者は、右償却資産の所有者とみなす旨規定されているから、本件物件についても同条項を類推適用して、償却資産を自己の事業の用に供している買主の第三建設を所有者とみなし、同建設に固定資産税を賦課すべきである。

以上の理由により被告が原告に対してなした本件課税処分は違法であって取消を免れない。」

と述べた。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、

「一、請求原因第一項の事実及び第二項中、原告がその主張のとおり本件物件を第三建設に売渡し、右第三建設がこれを原告主張の日時、場所において事業の用に使用していたことは認めるもその余の主張のうち原告が本件物件につき課税を受けるべきでない理由としてのべるところはいずれも争う。

二、本件課税処分は次にのべるとおり適法なものである。

(1)  本件物件は原告から第三建設に売渡され、同建設が原告主張の日時、場所においてその事業の用に供していたものであるから、それが製造業者の手に商品として保留されていた段階を既にはなれ、これを使用する業者によりその本来の用途に従って使用を開始されるに至ったことは明らかである。従ってその引渡の原因や使用権限の如何を問わず、又何人がそのものを法人税或いは所得税法上の償却資産としてその減価償却費を計上して損金に算入しているか否かに関係なく、そのものは地方税法に所謂償却資金として固定資産税の課税客体となる。

(2)  固定資産税の納税義務者は課税客体たる固定資産の所有者であり、償却資産の場合においてもその解釈を異にすべきでないことは地方税法第三四三条第一項、第三項、第四項の各規定を併せ考えるとき疑の余地はない。本件物件の所有者が原告であることは原告自ら主張するところであるから、原告は本件物件についての納税義務者というべきである。仮に固定資産税が原告主張のように収益税であるとしても、償却資産の所有者は自ら使用することにより、或いは他人に有償で使用させることにより収益をあげ得るから、償却資産の所有者はその収益者として固定資産税の納付義務を負うべきである。

本件の如き割賦販売において目的物の所有権が売主に留保されている場合、内部的には買主に所有権が移転していても外部的にはあくまで売主が所有者とせられるので、特に固定資産税の賦課の如き公法的関係においては売主が所有者として責任を負うべく又実質の点から見ても売主が所有権を留保して外部的には自己が所有者であると主張するのであれば、その所有権に当然附随する危険或いは不利益はこれを負担すべきが当然で、少なくともそのものに課せられる公租公課を免かれることは許されないというべきである。

(3)  原告は地方税法第三四三条第八項の類推適用を主張するが、税に関する規定は性質上拡張解釈或は類推適用を許さないのが原則であるのみならず、右第三四三条第八項は信託業務の特質に鑑み法が特に設けた除外例であってこれを他の場合に類推すべきでないことはその立法の沿革から見て明らかである。以上により、被告が本件物件につき原告に対して固定資産税を課したことに何等の違法はないものというべきである。」

と述べた。

証拠≪省略≫

理由

本訴が出訴の要件を具備すること、本件物件が原告主張のとおり原告が所有権を留保して訴外第三建設に販売し、被告が本件物件につき原告に対しその主張のような課税処分をしたことは当事者間に争いがない。そこで先ず本件物件が固定資産としての償却資産に該当するか否かについて検討するに、地方税法第三四一条第四項は「償却資産は土地及び家屋以外の事業の用に供することができる資産でその減価償却額又は減価償却費が法人税法又は所得税法の規定による所得の計算上損金又は必要な経費に算入されるもの」と規定しているところ、本件の如き割賦販売に係る物件は、売主たる原告からみれば商品にすぎず、その減価償却額を法人税法上損金に算入することは出来ないが、本件物件は前認定のように一旦買主である第三建設に売渡され、同建設にとってその事業の用に供し得る資産となった以上、既に商品としての状態から脱却したものであり、しかも≪証拠省略≫から明らかなように買主たる第三建設においてその減価償却額を法人税法上損金に算入することが認められているのであるから、本件物件は正に前記条項にいう償却資産に該当することは明らかである。

本件の如き物件を所有し、自己の事業の用に供する者が譲渡担保として第三者にその所有権を移転し、しかも依然としてこれを自らの事業の用に供しているような場合、その物が担保権者にとって如何なる意味を持つかにかかわりなく償却資産であることについては、何人もこれを否定すまい。原告が本件物件を所有権留保のまま第三建設に売渡した理由が売買代金を担保するためであったことは原告が自ら主張するところであるから、原告が第三建設に一旦本件物件を完全に売渡した上、担保のため再びその所有権のみの譲渡を受けた場合と対比すれば、本件物件を原告主張のように償却資産ではなく商品にすぎないと考えることが不合理であることは容易に理解できよう。

そこで次に本件のように償却資産と認められる物件についての所有権が売主に留保されている場合、当該償却資産について、固定資産税を納付すべき者は売主、買主のいずれであるかにつき判断する。

割賦販売において代金完済まで目的物の所有権を売主に留保する理由は債権担保という経済的目的を達成するためのものであり、内部的にみれば所有権は既に買主に移転し、使用収益の権限も、すべて買主に帰属していることは否定できない。本件においてもこの点に変りはない。

従って売主の所有権は全く形式的なものにすぎないように見えるから、固定資産税も買主の第三建設に賦課するのが実情に沿うかの如くである。然し売主が目的物件に対し買主の債権者から加えられた強制執行を排除することが出来、また売主による目的物件の処分は有効であるに反し、買主が目的物件を第三者に処分するも第三者は即時取得の場合を除き権利を取得できないことなどは、買主以外の第三者に対する関係においては依然として売主を以て所有者と見るべきことを示すものといえよう。

しかも地方税法第三四三条第一乃至第三項によると、固定資産税の納付義務を負う所有者とは土地、家屋のような不動産にあっては登記簿若しくは課税台帳に所有者として登記若しくは登録されている者を償却資産については課税台帳に所有者として登録されている者をいうと規定されている上に、同法には旧所得税法第三条の二のような規定が存しないことから考えて、地方税法は固定資産税を、固定資産の実質的な所有者にではなく、その所有名義人に賦課するという、所謂表見主義を採用しているものと解されるから、苟くも本件物件の所有権がたとい債権担保の目的のためにせよ、売主である原告に留保されている以上、固定資産税賦課の見地においては、原告を以て償却資産である本件物件の所有者と見ることは、自動車税に関する同法第一四五条のような明文規定のないことに照らしても、当然肯定されるべきである。

同法第一四条の一八の規定もこの見解を採る妨げとはならない。そして≪証拠省略≫によると、佐世保市においては本件物件について原告から申告がないため、職権により同市の償却資産課税台帳に原告をその所有者として登録したものであることが認められるが、右に説いた所からすればこの登録が正当なものであることは明らかである。

原告は固定資産税においても「実質課税の原則」を適用すべきであり、また固定資産税の本質は収益税であるから本件物件の稼動による収益を全く受けることのない原告に対する本件課税処分は不当であると主張するが、固定資産税の賦課に当っては、所得税法、法人税法上認められた「実質課税の原則」を適用する余地のないことは右に触れたとおりであり、従ってまた原告が償却資産課税台帳に正当に所有者として登録されている限り、当該資産から生ずる収益の帰属の有無を問わず、原告に固定資産税を賦課すべきであることについても多言を要しない。その結果原告がその主張のように二重課税を強いられる結果となるも已むを得ないところであり、これを不当とするならば所有権留保の形態によってではなく、須く抵当権設定により代金債権確保の方途に出るべきであろう。

なお償却資産申告に際し、たとい原告のいうような不便が伴うことがあるにしても、このことは何等原告の主張を支持する理由とするに足りない。更に原告は本件物件につき地方税法第三四三条第八項の類推適用を主張するが、同規定は信託会社の特質に鑑みて設けられた例外規定であるのでこれを本件のような所有権留保付売買にまでたやすく類推すべきではないから原告のこの点に関する主張も採用しない。そして本件物件が昭和三九年一月一日当時佐世保市において第三建設の事業の用に供されていたことは当事者間に争いがないので以上説示したところにより、被告がこれについて原告に対しその主張のような課税処分をしたことに何らの違法もないことは明らかであるから、これが取消を求める原告の本訴請求は失当として棄却を免れない。よって訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

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